五木村でつくる味を、熊本を代表する名物へ。
五木屋本舗が育てる、地域の仕事と誇り
五木村
有限会社五木屋本舗

「五木村でやることに大きな意義がある」
有限会社五木屋本舗の橋本社長は、この土地で事業を続ける理由をそう語ります。
看板商品は、豆腐の味噌漬をなめらかに熟成させた「山うにとうふ」。取材した私自身、初めて食べた時には「本当に豆腐?」と驚き、実家にも買って帰りました。
そんな味を生み出す会社では、どんな人が、どんなふうに働いているのでしょうか。売れ行きに悩んだ時期も、製造の難しさに向き合った日々も経て、五木屋本舗は商品と職場の両方を変えてきました。地域に伝わる味を育てる仕事と、これから仲間になる人への思いを伺いました。
原点は「五木村を元気にしたい」
五木屋本舗が創業したのは、平成3年。ダムの影響もあって人口が減少する五木村を、商売を通して盛り上げたい。その思いから、地域のお土産や特産品を販売し、簡単な飲食も提供する、物産館のような形でスタートしました。
橋本社長「創業の原点は五木村を盛り上げたいという思いでした。今も物産館的な商売が基礎にあります」
やがて力を入れるようになったのが、五木村や周辺の山間部で昔からつくられてきた「豆腐の味噌漬」です。地域にある味を磨き、専門メーカーとして届けていこう。そこから、ものづくりへと比重を移していきました。

売れ行きを変えた、偶然の発見とお客さまのひと言
今の山うにとうふからは想像しにくいのですが、昔ながらの豆腐の味噌漬は、とても硬い保存食だったそうです。
「スルメくらい硬い」
五木の特産品として販売していたものの、売れ行きはなかなか伸びない。そんな時、工場で樽から取り出し忘れ、長く漬かった豆腐が見つかりました。橋本社長の父である創業者、現在の会長が、そのおいしさに気づいたことが転機になります。
長く熟成させると、硬かった豆腐がなめらかで柔らかくなる。その発見を商品にするため、約1年にわたって試行錯誤を重ねました。
ところが、「豆腐の味噌漬(ソフトタイプ)」として売り出しても、思うようには広がりません。突破口になったのは、お客さまから寄せられた「ウニの瓶詰の味に似ている」という声でした。
山里でつくる、ウニのような豆腐。平成5年、「山うにとうふ」という名前が生まれました。
橋本社長「食感の印象と名前が合致して、一気に広がりました」
今では、山うにとうふを五木村の豆腐の味噌漬の呼び名だと思っている人もいるそうです。五木のソウルフードとして根づかせたい。その思いで、つくり続けています。


受け継いだおいしさを、安定してつくるために
橋本社長が入社したのは、熊本地震が起きた年。それから約8年間、製造の現場に携わりました。
向き合ったのは、山うにとうふの品質を安定させること。当時は経験や勘に頼る部分が大きく、仕込んだうちの約1割を廃棄しなければならないこともあったといいます。
橋本社長「その改善に8年取り組みました。今は『山うにとうふとは何か』という中身を理解したうえで、商品開発や企画も進められています」
積み重ねの結果、ほぼすべてを安定して生産できる体制になったそうです。
この変化は、以前のように、長い時間をかけて先輩の仕事を「目で盗む」ことに頼らず、工程に沿って学び、現場に慣れやすくなりました。受け継いできた味を、新しい仲間もつくれるようにする。そのための仕組みづくりでもあります。

大きな油揚げ「かりふわ」にも、1年の試行錯誤
もう一つの主力商品「くまもと油揚げかりふわ」の開発には、橋本社長自身も参加しました。
厚揚げと油揚げの中間のような商品で、その大きさは、橋本社長いわく「自称日本一」。ただ、豆腐をそのまま揚げればできるわけではありません。
揚げた時にふくらみ、おいしく仕上がるよう、もとになる豆腐からつくり方を考える必要があります。しかも、大きくなるほど難しい。目指す形にたどり着くまで、新しい製法を探りながら、約1年を費やしました。
親しみやすい名前の奥には、地道な試作の積み重ねがあります。橋本社長は今、主に企画開発や営業を担いながら、商品づくりに関わっています。

コツコツ働く人が、自分の暮らしも大切にできる職場へ
取材時点で、五木屋本舗の従業員は全体で23人。本店では約10人が働き、五木村のほか、人吉市やあさぎり町などから通う人もいます。長く勤める人も多く、勤続20年以上の人もいるそうです。
橋本社長「接客より、一つのことに集中して取り組むのが得意な方に向いている職場です」
目の前の作業にじっくり向き合うことが好き。そんな人にとって、自分の得意を生かせる仕事になりそうです。

仕事も、暮らしも大切に。働き方を少しずつ見直す
橋本社長はここ数年、賃金の見直しとともに、休日を増やす取り組みを進めてきました。
年間休日は96日から110日へ、そして取材時点では115日へ。製造現場はシフト制ではなく、土日が休みです。
1日の労働時間は以前の7時間台から8時間に変更しましたが、休日を増やすことで、年間の総労働時間は減少しています。
「仕事も大事ですが、プライベートも充実してほしいという思いです」
従業員から大きな要望が上がったことが、きっかけではありません。自分から声を上げる人はあまり多くないものの、会社として必要だと考えて進めてきたそうです。
また、採用が年々難しくなるなか、機械に任せられる作業には設備投資を行い、工程を簡素化してきました。人手が限られるなかでも事業を続けるために、つくり方の見直しも重ねています。

社員の「この商品が好き」を、商品づくりに生かす
従業員アンケートを実施した時、橋本社長があらためて知ったのは、社員たちの強い「商品愛」でした。
自社の商品が好き。豆腐の味噌漬や、地域を盛り上げるものをつくりたい。そんな思いを持つ人が多く、手間のかかる商品にもこつこつ向き合っている。その姿を、橋本社長は「職人肌」と表現します。
従業員一人ひとりが、五木屋本舗とはどんな会社なのか、自分なりの像を持っている。橋本社長はそう受け止め、どんな商品をつくるかを考える時にも、その思いに沿うことを大切にしています。
そして、届ける相手については、こんな言葉も口にしました。
橋本社長「大切な人に渡したいもの、という視点で商品づくりに取り組んでいます」
自宅用だけでなく、贈り物として選ぶ人も多い山うにとうふ。少人数の家庭でも食べ切りやすいサイズを増やすなど、暮らしの変化に合わせた商品づくりにも取り組んでいます。
山うにとうふをさらに約2カ月熟成させた新商品「山のからすみ」も発売しました。
橋本社長「二大珍味までは制覇しよう、というノリで開発しました」
ウニに似た味わいの次は、からすみへ。時間も手間もかかる挑戦を、そんな遊び心のある言葉で話す橋本社長。新商品の開発には、社内からも前向きな声が寄せられたといいます。
慣れ親しんだ豆腐の味噌漬に、まだ新しい可能性を見つけています。

五木村だからこそ、挑戦する意味がある
人口が減り、働き手の確保も難しくなっていく。それでも五木屋本舗が、この土地で事業を続けるのはなぜでしょうか。
橋本社長は、五木村が向き合ってきた課題は、今や多くの地域に共通するものになっていると話します。
橋本社長「場所を変えても問題は解決しないと思います。ここで頑張ることで、同じような状況の市区町村にも『頑張っている会社』の存在が広がっていけばいいなと」
五木村には、きれいな水があり、豆腐の味噌漬をつくってきた食文化があります。この土地でつくり続けることに価値がある。橋本社長は、そう考えています。
目指すのは、馬刺し、からし蓮根と並んで「山うにとうふ」が熊本の名物として思い浮かぶ未来です。
「熊本県外の方にも認知・支持いただける商品力とブランドを築いていきたい。地域を代表する会社に育てたいと思っています」

つくる人も、届ける人も。地域への思いを仕事に
五木屋本舗の仕事は、製造だけではありません。店頭でお客さまと言葉を交わしたり、県外の販売会で初めて山うにとうふを食べる人に出会ったり。つくり手が大切にしてきた味を、外へ届ける役割もあります。
橋本社長「商品開発が好きな方も歓迎です。営業、開発など、興味に応じて活躍の場があります。もちろん製造が好きな方は製造で頑張ってほしいです」
一つのことにじっくり取り組む人も、人に商品の魅力を伝えることが好きな人も。それぞれの得意を、五木屋本舗の仕事に活かしてほしい。橋本社長はそう話します。
橋本社長「地域貢献に関心があり、地元が好きな方は、ぜひ応募していただきたいです」
橋本社長が心がけているのは、働く人が「ここで一緒に働こう」と誰かを誘いたくなる会社づくり。休日を増やし、仕事を覚えやすい仕組みを整えながら、社員自身が勧めたいと思える職場を目指しています。
九州山地の山岳地帯に位置する五木村で、ものづくりを続ける五木屋本舗。橋本社長の話からは、この土地に受け継がれてきた味を磨き、地域を元気にしたいという強い思いが伝わってきました。「山うにとうふ」は、雑誌『BRUTUS』の「日本一の手みやげ」酒の友部門でグランプリを受賞。「くまもと油揚げかりふわ」も、「くまもと県南フードグランプリ2025」でグランプリ・会長賞に輝きました。試行錯誤を重ねて育ててきた味は、こうした評価にもつながっています。
五木村でつくる味を、熊本を代表する名物へ。
五木屋本舗は、地域の味と働く人の暮らしを大切にしながら、着実に歩みを進めています。










