先輩移住者インタビュー
interview
元ホテルマンが、湯前町を照らす。
紡いだご縁と、挑戦の物語
湯前町
2023年埼玉から移住 佐々木佑樹さん

今回お話を伺ったのは、東京でホテルマンとして働いたのち、熊本県球磨郡湯前町の地域おこし協力隊としてキャンプ場運営に携わる佐々木佑樹さん。
取材で見えてきたのは、何事も全力で駆け抜ける佐々木さんの情熱と、人との「ご縁」を大切にするひたむきな姿でした。

湯前町地域おこし協力隊として活動する佐々木佑樹さん
東京でのホテル勤務と、移住を考えるようになったきっかけ
佐々木さんは、東京の浅草や六本木などでホテルマンとして勤務していました。
人の多い環境で、接客業としての経験を積む一方、夜勤や生活リズムの面で大変さもあったようです。
新型コロナウイルスの流行をきっかけに、一度ホテルマンを離れ、物流倉庫での仕事やフリーランスのウェブライターを経験し、
コロナが終息するタイミングで再び宿泊業や接客業に戻りたいという気持ちが強くなったそうです。
佐々木さん「コロナが五類感染症になったタイミングでもう一度ホテルマンに戻りたいなと思って、でもただ戻るだけじゃ面白くないし、
年齢的にも身軽に動けるラストチャンスだなと思って。」
移住を決めた当時、佐々木さんは29歳でした。
湯前町を選んだ理由
佐々木さんは求人を探す際、最初から「地方で暮らすこと」を前提に、宿泊業や接客業に関する仕事を探している中で、地域おこし協力隊という制度を知ります。協力隊の募集情報を調べていたところ、湯前町の求人に目が留まりました。
佐々木さん「joinに出ていた求人のキャッチコピーが『キャンプ場をじぶん色に』だったんです。それを見て、ここならいろいろ任せてもらえそうだなと思いました」
このキャッチコピーが、応募を決める大きな理由の一つになったといいます。
キャンプ場運営と情報発信への取り組み
湯前町に着任後、佐々木さんが取り組んだ仕事の一つが、キャンプ場に関する情報発信でした。SNSアカウント自体は既に存在していたものの、ほとんど運用されていなかったため、改めて発信を始めたそうです。
また、キャンプ場の芝生広場を活用したイベント企画にも積極的に関わり、50〜60店舗規模のマルシェを開催したこともあります。
佐々木さん「もともと町のお祭りを復活させたいという気持ちがあり、マルシェの団体さんともご縁があって、一緒に企画することになりました」
こうした活動は、佐々木さん一人だけではなく、地域内外の人との協力によって進められてきました。

マルシェやイベント活動に積極的に参加する佐々木さん
田舎暮らしの洗礼と湯前町での生活
湯前町での生活について聞くと、佐々木さんが真っ先に挙げたのは「虫」でした。
「最初は虫が本当に怖かったです。」と振り返りますが、今では虫ごとに使い分けるスプレーが家に並び、出てきた瞬間に対応できるようになったと笑う佐々木さん。
また、車の必要性も都市部との大きな違いです。佐々木さんは、移住当日に熊本空港からタクシーで車を引き取り、そのまま湯前町へ来ました。買い物については、町内や隣町のスーパーを利用すれば大きな不便はないものの、都市部にあるチェーン店が近くにないと感じることもあるそうです。
佐々木さん「自然と自炊するようになりますし、料理のスキルは少し上がったと思います」
不便ささえも楽しみに変えてしまうのが佐々木さん流の移住生活だそうです。
「ご縁」を力に。
活動の中で大切にしていることとして、佐々木さんが挙げたのが「ご縁」という考え方です。
専門学校時代、就職活動について先生からかけられた言葉が、今も心に残っているといいます。
「例え思うような結果じゃなくても、その会社にはご縁があったと思いなさい。そこには必ず意味がある。」
この言葉を胸に、佐々木さんはどんな出会いも大切にし、積極的に地域との関係を築いてきました。移住当初、担当の役場職員が偶然にも同じ地区の消防団員だったことから、地域のコミュニティへも自然と飛び込んでいけました。
また、佐々木さんは自身の活動に加え、人吉球磨管内の地域おこし協力隊同士をつなぐコミュニティ運営にも関わっています。
佐々木さん「移住してくると不安なことも多いと思うので、仲間がいるよ、こういう人がいるよ、というのをつないでいきたいです。」

地域の消防団に参加している佐々木さん(前列の左から2番目)
終わりに
東京でのホテル勤務を経て、湯前町でキャンプ場運営や地域活動に携わる佐々木さん。 取材を通して見えてきたのは、地域での役割を自ら創り出し、一歩一歩着実に人間関係を積み重ねてきた3年間でした。
佐々木さんという唯一無二の“色”が湯前町に新たな彩りをもたらしたように、その情熱的な挑戦は、これからもこの地で続いていきます。










