先輩移住者インタビュー
interview
球磨村で出会った、新しい生き方。
立ち止まった先で見つけた、地域と紡ぐ未来。
球磨村
2025年熊本市から移住 藤本豊治さん

「呼ばれればどこへでも行きますよ。」
そう話す藤本さんは、観光協会の仕事に加え、イベントの企画や球泉洞の受付、さらにはお弁当配達まで担っています。球磨村に移住して約7ヶ月。すでに地域のさまざまな場面で、その姿を見ることができます。
今回は球磨村地域おこし協力隊の藤本豊治さんにお話を伺いました。

球磨村地域おこし協力隊の藤本豊治さん
「これからどうやって生きていこうか」ー立ち止まった先にあった選択
藤本さんが球磨村にやってきたのは、約7ヶ月前のことです。
それまでは熊本市内で、史跡に関するコンサルや飲食に関する事業に携わっていました。
「少し立ち止まって今後の身の振り方を考えていた時に、たまたま球磨村の求人が目に留まって。キャンプ場の管理人を兼ねるっていうのもあって、興味を持ちました。自然に囲まれた環境で、スローライフもいいかなって。」
特別な縁があったわけではない球磨村でしたが、求人先からは「いきなり外から飛び込むのではなく、まずはその多様な経験を活かし協力隊として村のために働いてもらい、その中で村のことを知り、人脈を広げていくことから始めてはどうか」という提案を受けたといいます。
「来たからには3年後以降も定住したいので、色んなものを見てみようと思っています。」
自身の経験や得意分野を持ちながらも、それを前面に出すのではなく、まずは地域にとって必要なものを見極めたい。そうした姿勢で、新たな一歩を踏み出しました。

活動について語る藤本さん
「とりあえずやってみる」-広がっていく役割
現在の肩書きは「観光復興サポーター」ですが、その活動は多岐にわたります。
「(地域おこし協力隊の肩書は)観光復興サポーターではあるんですけど、基本的に球磨村は担い手、人手不足なんです。観光協会の仕事をしたり、球泉洞の受付をしたり、イベントの企画をしたり。お弁当配達なんかも、呼ばれればどこへでも行きますよ。行けば行くほど新たな出会いや発見があり、村のことをより深く知ることができる。今は拒まずに色々やってみようかなって。」
頼まれたことにはできる限り応える。その積み重ねが、新たな出会いや発見につながっているといいます。
「こっちに来て、自分の経験がなんでも活かせるんだって、また前向きになれたんです。人に求められたり頼られたりするのって、大事なことなんだなと。人が多い市内じゃなかなかできないことが、ここではできていると感じています。」
これまでの経験が、この場所で誰かの役に立つ。その実感が、藤本さんの日々の活動の支えです。

他協力隊や地域施設とコラボしてイベントを開催した星空観測会
不便さの中にある暮らしの手触り
球磨村での暮らしには、都会とは異なる不便さもあります。なかでも、村内にスーパーがないことは大きな特徴のひとつです。
「スーパーがないのは正直きついですね(笑)。買い溜めする必要はありますが、自炊が好きなので、それ自体に大きな不便は感じていません。ただ、今欲しいと思ったものや、買い忘れがあったときにパッと買いに行けない不便さは、街中にいた頃とはやはり違いますね。」
一方で、そうした環境の中だからこそ生まれるつながりもあります。
「神瀬の人たちはみんなウェルカムなんです。すごく迎え入れてもらって、安心して仕事ができる基盤がある。初めてのイベントの時も、人が来るか不安だったんですが、神瀬の人たちがたくさん来てくれて。本当に心強かったです。」
神瀬地区には、住民が自然と集う「神瀬みんなの家」や、かつて地域の交流拠点として親しまれていた「大岩商店」など、人と人とをつなぐ場所が今も息づいています。
こうした場所があるからこそ、自然と人が集まり、関係が生まれていく。藤本さんの言葉からは、そんな地域の土台が感じられました。

自らの料理をイベント振舞うことも
「ここがホーム」と思える場所に
「人生経験があるから、縛られない働き方が楽なんです。自宅がオフィスなので、自分のペースで動ける。今はここが『我がホーム』だと思えるほど、充実しています。」
球磨村での生活は、藤本さんにとって単なる移住ではなく、これまでの経験を活かしながら、自分自身を見つめ直す時間にもなっています。
立ち止まった先で見つけた、新しい生き方。その歩みは、これからも続いていきます。

球磨村や神瀬の人たちについて語る藤本さん









